【なぜチアリーダーになろうと思ったのか】私にとっての最大の喜びとは?-Beginning-

私は1975年、千葉県船橋市に生まれました。

祖母、両親、姉の4人のチアリーディングとも海外とも無縁の家族です。それどころか、まさに「男子たるもの厨房に入るべからず」を実践した保守的な環境で私は育ちました。

そんな私がチアに初めて出会ったのは高校生の時でした。

きっかけは「チアリーダーの人数が足りないから、手伝って欲しい」という友人の言葉。

当時の私はというと、今では想像がつかないくらい引っ込み思案でした。

クラブ活動はチアとは無縁の自然愛好会でした。ダンスはおろかスポーツの経験はゼロです。

半ば強制的に参加させられたチアリーディングでしたが、続けるうちに私の心に変化があったのです。

「自分たちが一生懸命応援すると、それが相手に伝わるんだ!」

チアリーダーのダンスや応援でチーム全体がいい方向に向かう事に感動しました。

(事実、応援があると選手の運動量がアップするとの調査結果もあるようです。)
参考:「観客に応援されることで選手の運動量が約20%アップ!!大勢に注目されることが選手のパフォーマンス向上に影響することを検証した動画を公開」(株式会社運動通信社 PR TIMES)

チアリーディングの魅力に取りつかれた私は、大学でもチアリーディング部に入部し競技にも励みました。努力の甲斐あり、協会のオールスターの選手にも選ばれました。

しかしその頃の私は、大学のチアリーディングにちょっとした違和感がありました。その違和感の理由は留学先のオレゴン大学で明らかになりました。

「海外で仕事したいって言っていたのに、このまま日本で就職しちゃっていいの?」
留学のきっかけは母からのこの一言でした。

「このまま就職したら人生が終わってしまう」
就活をして就職しようと思っていた私は、一念発起し、オレゴン大学への1年の留学を決めました。

当然、本場のチアリーディングを見てみたいという思いもありました。

留学先でも、チアリーディング部に所属し、チアリーダーに水を補給するウォーターガールや試合のスコアを付けるレポーティングガールに志願しました。米国のチアリーディングは私が経験したものとは全く違うものでした。

米国の大学ではスポーツ選手だけではなく、チアリーダーにも奨学金制度があるのです。それだけチアリーディングもスポーツと同じくらい重要だと思われているカルチャーがありました。当然、奨学生として大学に入学したチアリーダーたちは、勉学でも優秀な成績を収めていました。

ある試合でのこと。
この日チームは、けが人が相次ぎ厳しい戦いを強いられました。その時チアリーダーが、最後に観客に応援を呼びかけたのです。

その瞬間観客が一つとなり、持ちかえしたチームは勝利したのです。

「応援こそ私が求めていたチアリーディングの姿だ」。

日本では競技がメインだったチアリ―ディングですが、オレゴン大学のチアリーディングは、「応援のためのチアリーディング」だったのです。

もちろん、チアリーディング競技でも、日々血のにじむような練習をしているチアリーダーたちには素晴らしいアスリートです。私も競技はとても楽しかったです。

でも私にとっての最大の喜びは、応援によって相手のモチベーションが上がり、みんなの顔が笑顔になることだ。
そんな風にオレゴン大学での経験を通して分かったのです。

この気づきが、Chee Ring Internationalの「応援」を軸としたビジョン、そしてConfidence (自信)・ Compassion (思いやり)・ Communication (コミュニケーション)という理念、そしてチア(Cheer)の輪(Ring)を広めたいという私の思いの土台となっていたのかもしれません。

会社のお話はまたおいおい!